在宅介護を始める前年、毎週の遠距離介護

母の肺炎を機に、自家用車を使った遠距離介護が毎週になりました。
土曜日の朝4時に自宅を出て、日曜日の午前中に実家を出る。
我々夫婦は、両親の生活へ段々と介入してゆくことになります。
父は要支援2、母は要介護3。

訪問介護の体制

ヘルパーさんが週4回、看護師さんが週1回。
母の退院直後から訪問してくれました。
服薬管理、体調確認、体操指導、掃除などが主な内容。
このときの会話や体操は、母の回復に大きな効果があったと思います。

薬は、錠剤と吸収ステロイド薬です。
数種類の錠剤の服用が1日3から1回に。
しかも、一包化されました。安心でした。
どうして早くからこのようにできなかったのか、不満もあります。

吸入ステロイド薬については、思いもかけない後日談があります。
在宅介護のカテゴリーの中で紹介します。

退院直後の両親の生活

肺炎による入院で、認知症の進行が心配でした。
退院から数日間は、ぼうっとした状態。
しかし、認知症の著しい進行はありませんでした。
困った周辺症状も出なくて安堵。

朝食は、パン、インスタント味噌汁など簡単な物。
昼食と夕食は、すぐに食べられる物が届きます。
退院から数週間、準備と後片付けは、父が行っていました。
視力が弱いのに、非常な頑張りです。
「介護施設の利用も頭に置いておこう」
私がこのようなことを言ったのが影響したのか。
脅かすつもりはなかったのですが。

母が元の状態になるまで、1か月くらいはかかりました。

朝の健康管理

我々夫婦は、土曜日の9時頃には実家に到着。
まずは、母の健康チェックです。
呼吸の様子、顔色を観察。

パルスオキシメーターで、血液の酸素飽和度を測定。
母の指先は冷たいので、測定にはいつも手間取りました。
手を温めて血流を良くすると、測定がスムーズです。
測定しやすい指があることにも気が付きました。
母の場合、通常は95~98%くらい。
体調が悪いときは90%近くまで低下。
このような時でも、母はクリニックに行きたがりません。
数値は、クリニックに連れて行く大きな力になりました。
「これ見て、値が低いでしょ、これからクリニックに行くよ」
土曜日、かかりつけ医は午前中のみの診察です。
「急いで行くよ」

パルスオキシメーターは1万円弱。
早く購入して利用すべきでした。

入浴

両親の入浴は、土曜日の午後。
妻ではなく、私が入浴介助をすることになりました。
先々の息子介護を想定してのことでした。
母は、「息子ではなく嫁がやってくれ」とは言いませんでした。

久しぶりに見る母の裸。
50数年ぶりになるはずです。
この頃の母は、トイレを使う時も開けっ放し。
認知症になっても羞恥心は残るそうです。
母の羞恥心はどうなのか。
とりあえず、まったく問題ありませんでした。

父は足腰が弱り、歩行がやや心配。
念のため、浴槽の出入りには始終付き添います。
母は身軽なので、その必要はありません。
大腿骨骨折後のリハビリで、理学療法士に指導を受けた賜物。

両親の背中と頭は、私が洗います。
「ああ、気持ちいい」と父。
この一言でほっとさせられます。
母はいつも無言・・・。

母は、ときどき入浴の手順が分からなくなります。
「この後、湯舟に入ってもいいんだっけ」
「次に、このタオルを洗ってもいいんだっけ」
独りで入っていたときは、どうしていたのか・・・。

実は、このときに・・・初めて知りました。
両親は浴槽の中で、思いっきり身体を擦っていたのです。
当然、お湯は汚れます。
昔、この後に、我々が入っていたこともあり・・・。
なんとも複雑な心境。
昔、父は私に言いました。
「次の人のために、お湯を汚さないように」
いつからこうなっちゃったの。

母は、昔からドライヤーを使わない人でした。
これも気管支喘息にはよくなかったかもしれせん。
今は当然、ドライヤーで髪をよく乾かしてあげます。

普段の食事

月曜日~金曜日、土曜日の朝。

朝食はパン、大根おろし、しらす干し、味噌汁、ヨーグルト、バナナ。
味噌汁はインスタント、しらす干しは冷凍保存。
よくも飽きずに、毎朝、同じ内容です。
母にとっては、これがよかったのかもしれません。
退院後、しばらくしてから、母は朝食を用意できるようになりました。

昼食は、町の介護施設で作られた食事が2つ運ばれてきました。
食器は、洗わずに、そのまま返却。
配達する人が、両親の様子を確認。
回収する人が、食べ残しの程度から食欲を確認。
量・質、対応ともに高齢者向きで安心でした。
ほんとうにありがたいサービスです。

夕食は、生協からお弁当が2つ宅配されました。
高齢者向けではないのですが、質的な問題はなし。
量が多めでした。だいぶ残して処分したようです。
量のことについては、いつも文句を言っていました。
私もそうですが、食べ残すことに抵抗があります。

遠距離介護の時の食事

我々夫婦が実家に来るのは土曜日と日曜日。

土曜日の昼食と夕食は、我々夫婦が作りました。
父の夕食の楽しみは、コップ7分目ほどの日本酒。
この歳で、お酒を飲めるのは幸せ。

日曜日の朝は、母に普段の朝食を用意してもらいました。
母は、我々の分まで用意して満足している様子。

日曜日の午前中、妻が昼食と夕食を作って冷蔵保存。
我々は午前中に帰宅。
両親は、昼食と夕食を電子レンジで温めて食べました。
このときも、後片付けは父が行っていたようです。
両親は共に洗剤が大嫌い。
油汚れも何のその、擦って落とします。
当然、汚れが残ってしまいます。
次に来た時、両親の入浴中、妻が洗い直し。
洗剤を使えと言っても、まったく聞く耳持たず。
しかたありません。

洗濯

母は、退院後、割と早くから洗濯を始めたようです。
母にとって、洗濯は自分で完結できる唯一の仕事。
自信をもっています。
我々が洗濯機を使うとき、次のように言わねばなりません。
「お母さん、洗濯機を借りるね」

おわりに

土曜日の早朝、実家に向かう途中。
高速道路のサービスエリアで妻と朝食。
一杯の丼物やうどんを2人で代わる代わる食べました。
我々には、これが適量。
外はまだ明けきらない寒い闇。
これが5か月間、毎週続きました。

この3月に定年退職、5月から息子介護になることが分かっていました。
その時点で遠距離介護は終わり。
この終点が分かっていたので、なんとかできました。
私がもっと若い頃だったら、終点が見えなかったはず。
どうなっていたことやら、想像だにできません。
(2018年3月8日)