またまた、嫁・姑問題
またまた、嫁に対する母の言いがかり。
調子が悪いのか、機嫌がすぐれないのか。
嫁に対して感情的な言葉をぶつけてきました。
些細な発端
暖かくなったうえに、雨続き。
庭の雑草が急に伸びてきました。
けっこう目立ちます。
ここ数日の雨続きで、私は草取りを中断していました。
この頃、妻が自宅から定期の来訪。
妻は風邪気味だったのを、押して来ていました。
初日は、母を連れて3人で買い物に行きました。
母の夏物のシャツ、ズボンを購入。
Sサイズなので、探すのに一苦労。
翌朝、我々夫婦は、分担して家中の掃除。
それから、二人で買い物に行こうとして、母に伝えた時です。
「いったい、〇〇さんは何しにここに来てるんだい」
(〇〇は嫁の名前)
「こんなに草が出ているのに放っておいて」と母がキツイ文句。
それを聞いて、私は頭に来てしまいました。
「なにを言っているんだ、また言いがかりか」と怒鳴る私。
雨続きで草取りができなかったこと。
雨が上がったばかりで、ぬかるんでいること。
これらを伝えましたが、母はまったく聞く耳なし。
妻が風邪気味だということを言ってもしかたがありません。
しかたなく、母の文句を尻目に、買い物に出かけました。
昼過ぎ、晴れ間が見えた暑い中、我々夫婦は庭の草取り。
なんてことはない、2時間程度で、大方の雑草はなくなりました。
妻は3日目に帰宅。
その夜、私は母に文句を言ってしまいました。
「昨日、こういうことを嫁に言ったんだよ」
「覚えているかい。これは、言いがかりだよ」
「私は不満を持っているから、そう言ったのだ」と母。
堰を切ったように、出るわ出るわ、母の不満、ふまん、フマン。
母の不満
以下は、私(息子)と妻(嫁)に対する母の不満です。
( )の中は、私の補足。
雑草を放っておいて、嫁と息子は二人で仲良く買い物に行った。
嫁と息子は、勝手に庭の草花を植えている。私に何を植えたのか説明がない。
(我等夫婦の説明が足りなかった。でも名前を尋ねればいいだけの話)
嫁は、自分が植えた草花の周辺しか雑草を取らない。
嫁は、人が通る所の草を取らないで、家庭菜園の中の草を取っていた。
嫁は体格が良くてかっこいい。私は貧弱だし、お腹はポッコリだし。
嫁の服装が、いつも色とりどりで、羨ましい。
(妻は全く地味な服装、しかも安物しか買わない)
嫁は、風呂にゆっくり入っている。私もゆっくり風呂に入りたい。
(母の風呂は烏の行水、ゆっくり入っていられない性分)
息子が私の頭を洗うとき、力を入れ過ぎる。もっと優しく洗って欲しい。
(これについては、初めて聞いた。是正)
嫁の起床が遅い。息子の後だ。息子にばかり朝食の用意をやらせている。
(私は常に意識して、妻が後にならないように注意している)
嫁と息子が料理を仲良く作るのが気に入らない。仲良くて結構なことだ。
嫁のカボチャの味付けが甘すぎる。砂糖を入れるなんておかしい。
(父はこの甘いカボチャを好んでいる)
掃除するとき、押入れの中の紙パンツを嫁に見られたくない。
(紙パンツは両親の寝室にある。ここの掃除は息子が常に担当。嫁は入らない)
嫁と息子との会話が聞き取れない。いつも仲良く話しているのが気に入らない。
息子は人からもらった野菜を食卓に上げない。いつ出るのかと待っているのに。
(同じものがある場合、古い物から使うので、しかたがない)
「よく覚えているなあ」と感心するくらい不満が流れ出てきました。
知っている野菜の名前を挙げろと言っても、これほど沢山は出てこないでしょう。
ほとんどが母の言いがかり。
我が母ながら、ほんとに悲しい性格。
今までも感じていたのかもしれません。
それを、抑えていたのでしょう。
認知症で、その抑えが利かなくなったのだと思います。
話は遠距離介護のことに及びました。
土曜日と日曜日、自宅と実家の行き帰り。
2週間に1回の遠距離介護がほぼ12か月。
1週間に1回の遠距離介護がほぼ5か月。
悲しいことに、母はまったく覚えていません。
母の状態が悪かった頃ですから、しかたないのでしょうか。
遠距離介護が毎週になる契機になった母の肺炎と7日間の入院。
これも、母は全く覚えていません。
いろいろと世話になったことは忘れてしまっています。
気に入らないこと、不快に思ったことはずっと覚えています。
私は、母にはっきり言ってしまいました。
「それは、母の言いがかりだ。母のワガママだ」
「そんなことを思っていても、何も良いことはないじゃないか」
「皆でお互いに仲良くやろうよ」
母はブスッとして、何にも答えませんでした。
母の昼夜逆転 その1
その翌日の夕方。
私が庭で水やりをしていた時です。
家の中から母の怒鳴る声が聞えました。
慌てて家に入りました。
すると、寝ようとしている父に母が大声で言っていました。
「何をしているの。早くパジャマを脱ぎなさい」
「どうして脱がなくてはいけないのか。脱いでどうするの」と父。
「早く起きなさいよ」と怒鳴る母。
母は、夕方を朝だと勘違いしていたのです。
父は、何のことやらさっぱりわからない様子。
しばらくして、母がちょっと変であることに、父は気が付きました。
母も、朝夕を取り違えていると感じたようです。
しかし、夕食を食べたことを思い出せません。
食べた弁当を見せると、怒り出しました。
しばらくして、父が私の部屋にやってきました。
「お母さんは大丈夫かい」と父。
「お母さんは認知症なんだよ」と私。
父は、母の状態が分かったような、分からないような曖昧な態度。
まともに受け止められないような感じでした。
前にも、一応は話してあったのですが・・・。
母の昼夜逆転 その2
母が夕方を朝と間違えた日の夜。
居間の方から音がするので目が覚めました。
時は12時半。
居間の明かりが点灯しています。
「あれ、俺が消し忘れたか」
居間に入ってみると、驚愕の光景が。
寝たはずの母が、普段着を着て、お茶を飲んでいます。
テーブルの上は、見慣れた朝食の光景。
「どうしたの」思わずそう聞くしかありませんでした。
ぼやっとした顔の母。
「今、夜中の12時だよ、どうしたの」
「あれ、どうしたのだろう」と母。
時計を見せて、何時か聞きました。
「12時半だ。あれ、どうしたのだろう」と母。
何度か話すうちに、母は間違えに気が付きました。
「あれ、どうしたのだろう」と繰り返しながら、寝室へ。
母は、普段着をぞんざいに脱ぎ捨て、パジャマを着て寝床へ。
「明日の朝は、何時に起きるの。どこの時計を見て起きるの」
しつこく聞いた末に、ようやく答えが返ってきました。
時計の長針と短針を読み取ることはできました。
なにか、ちょっと背筋がゾッとしてしまいました。
「私に文句を言って困らせると、このようにボケが進むよ」
そんな風に、母に脅されている気分。
この時、父は起きていましたが、黙って上を向いていました。
視力・聴力ともに衰えているので、状況を正確に把握できません。
私が来る前、父の「戻れ」というような声を聞いた気もします。
勘違いをしている母を見て、父はどうしようもなかったのでしょう。
これからどうする、嫁・姑問題
ストレスは認知症の症状を悪化させるそうです。
そうであれば、母に合わせるのが、最善の方法なのでしょうか。
我々夫婦は、我慢、我慢。
母が嫌な気持ちにならないように、我々夫婦が合わせるしかない。
厳しくも悲しい現実です。
嫁が何かをするとそれが気に入らない、何もしないとそれも気に入らない。
つまり、母は嫁に対して全て気に入らないことになります。
母には「どうもありがとう」という気持ちがありません。
当然、他人のすることですから、自分の希望とのギャップはできます。
でも、先ずは感謝の気持ちがあって、その後で注文をつければいいのです。
実は、妻のお母さんも、自分に過大な自信がある自分中心の人。
そして認知症になりました。
要介護2だそうです。
妻がお母さんを思って言った言葉、行った行動が非難の的に。
少しでも感謝の気持ちが先にあったのならば、言い方も変わってきます。
しかし、「私のことは、自分が一番よく知っている。余計なことはするな」。
妻は、自分のお母さんの言動にも苦しめられています。
妻から、友達のお母さんの話を聞いたことがあります。
そのお母さんの口癖は「すまないね~」。
こういうお母さんであれば、看る方も看られる方も、お互いが楽です。
もう、母に何を言ってもしかたがありません。
状況を悪化させるだけのように思います。
妻には、諦めてもらうしかないのだと実感しました。
「何を言われてもいい、割り切っているから」
妻にそう言ってくれることを願っています。
私も「母は病気、病気」と自分に言い聞かせて行動しています。
おわりに
息子よる在宅介護を主体として、妻が定期的に顔を出す。
このシステムが一番いいのかなと思います。
私の定年退職の時期がうまくかみ合いました。
そういう意味で、最善の選択ができた状況に感謝します。
もし自分が認知症になったときに、私はどんな言動をするのか。
考えるだけでも恐ろしい。
考えたくない事です。
(2018年7月13日)
