嫁・姑問題の今後の対応
遠距離介護と息子による在宅介護で2年半が過ぎました。
我々夫婦と両親とで一緒に過ごす時間が急増。
それに伴って、嫁・姑問題が顕在化しました。
息子による在宅介護を進めている今。
嫁と姑の接する機会を減らすことにしました。
息子介護だからこそ出来る対応だと思います。
母の認知症
専門医から、母が認知症の中程度と診断されて2年半。
症状が徐々に進行していることを感じます。
私は、カレンダーに1か月分の予定を書き入れます。
週2回のお風呂、週1回の掃除、農協の集金、妻の来訪など。
母はまず、自動日めくりで、今日の月日と曜日を確認します。
これとカレンダーを照らし合わせて、今日の予定を読み取ります。
1日のうちに、何回もこれを繰り返します。
時々、読み取ろうという気力が湧かないようです。
「わからない、わからない」
ところが、予定が分かると、今度は何度もそれを繰返し聞いてきます。
「今日はお風呂だね」「今日はお風呂だよね」・・・
最近、夜中に起き出して、父を起こすことがありました。
「時計を見てよ。今、何時だか分かる?」と私。
そう聞かれても、母は目をパチクリ。
母は、寝室にある大きなアナログ時計を読み取れませんでした。
母がボソッと「お袋はボケちゃってと思っているでしょ」。
このようなことが最近4回ありました。
いずれも、昼間に母がストレスを感じるような出来事が起こっています。
「ついに来たか」と覚悟しました。
早々に大きなデジタル時計を購入して寝室に設置。
その後、夜中に起き出すことはありません。
しばらくは様子見です。
母の心の中
「認知症患者の知的機能は低下していても感情は豊かである」
「これを知らないと良い介護はできない」
どこかで読んだ指針です。
ほんとうに色々な意味で「感情は豊か」です。
母は論理的な理解が難しくても、周囲の感情は読み取れます。
それが、より敏感になっているような気がします。
特に、「気に入らない」という感情が強くなってきました。
これが、自己中心的な不満として外に噴出しているようです。
母は、自分の能力が低下してきたことを自覚しています。
時計やカレンダーが読み取れない。
食事中、食べ物を頻繁に落とす。
過去の事、最近の事を思い出せない。
そのため、自尊心が傷つけられるような場面にも過敏です。
これが、嫁・姑問題にも、大きく影響しているようです。
母の不満
我々夫婦は息子介護を選択しました。
多分、両親は嫁介護を想定していたはずです。
「なぜ嫁ではなくて、息子が居るのか」
「なぜ嫁ではなくて、息子が食事を用意しているのか」
「息子がかわいそうだ」
私が在宅介護を始めた当初、母はこのようなことを言っていました。
母には想定外の思いがあり、ある種の不満になっているようです。
この思いが元にあり、妻に向って不満の言葉を発するのでしょう。
妻が実家で行う些細なことに、言いがかりのような文句を言います。
最近、私と妻が買い物に行こうとした時のことです。
妻(〇〇)に対して、「〇〇さんは、何しにここに来ているんだい」。
母の不満や感情が混ざった結果の発言だと思います。
「嫁は、庭が草だらけなのに、それを放って楽をしている」
「嫁は、自分を排除して、息子と仲良く買い物に出かける」
妻の作る料理にも不満を言うようになりました。
炊き込みご飯には、「喉につかえた」と言って残しました。
カボチャの煮物には、「砂糖を入れて甘すぎる」と文句。
気を利かせて料理の盛り方を少なくしたところ、「これだけかい」。
玉ネギの炒め物には、「柔らかすぎる、もっとシャッキリしないと」。
夕飯に味噌汁を出したら、「夕飯に味噌汁は食べないことにしている」。
「せっかく庭でとれた野菜をどうして出さないの」
厚揚げの煮物には、まったく手を付けませんでした。
父が「これは初めて食べた。うまい、うまい」と言ったためだと思います。
認知症と嫁・姑問題
「認知症」「嫁姑」で検索すると、多数ヒット。
多くのお嫁さんが、認知症になった姑の言動に困惑しています。
多くは嫁・姑問題が先で、その後に姑が認知症になるパターン。
中には、姑の認知症が原因で嫁・姑問題が顕在化する例も。
後者の場合、姑の態度の変化が、初期症状として認知症の発見につながるとか。
我々夫婦の自宅と、両親が住む実家とはかなり離れていました。
そのため、遠距離介護になる前までは、年に数回会う程度。
嫁・姑とは、差しさわりの無い間柄でした。
遠距離介護が始まると、母は嫁に厳しい態度を取るようになりました。
これは、嫁・姑の付き合いが密接になったことによるものなのか。
あるいは、母の認知症のためなのか、はっきりしません。
息子の私から見ても、母の嫁に対する態度の異常さがわかります。
嫁に対する難癖、言いがかり、はたまた勘違い。
妻の滞在中、何時、母の暴言が飛び出してくるか、ハラハラしています。
家の中で、母は自分中心の言動。
その一方で、外来者や隣近所とは普通に愛想良い付き合いができます。
私は、このギャップを受け入れるのは感覚的に困難を感じています。
ただし、母に嫁を考える気持ちはあるように思います。
妻を駅に迎えに行って戻ってくると、妻のスリッパが玄関に出ています。
しかし、嫁に対して好き勝手な発言も目立ちます。
この母の言動はエスカレートする一方。
その経過は、これまでのブログの通りです。
ついに妻は疲れ切ってしまいました。
妻が疲れ切ってしまったもう一つの原因があります。
それは、このブログ。
普通ならば、忘れてしまうことで、ストレスが緩和されます。
ところが、このブログで一部始終を記録してしまいました。
これを読んで、嫌な出来事を繰返し体験させてしまったようです。
そして、母の心の奥底にある妻への不満を、表に出して見せてしまいました。
「知らなきゃよかった」と妻。
いろいろな意味で、妻にはすまないと思っています。
しかし、気持ちの整理をしてもらえると期待しています。
「どうしてこんな状況になっているのだろう」
こんな不安を感じているよりは、状況を正確に把握する方がいいと思います。
認知症患者である母との付き合い方
川崎幸クリニック院長の杉山孝博氏が作成した資料は非常に参考になりました。
特に以下の2点の資料。
「認知症の人とよいコミュニケーションをとるための 12 カ条」
「認知症と暴言・暴力」
この資料を参考にして、母との付き合い方を考えました。
母の嫁に対する発言は、決して暴力的ではありません。
しかし、ある意味、暴言のようなものです。
嫁に対する言いがかり的な発言は、暴言に近いでしょう。
母は「理性の世界」から「感情の世界」に移りました。
周囲の人や環境が、自分にとって良いのか悪いのかを鋭敏に峻別します。
そして、感情のおもむくままに行動し、発言します。
しかし、コントロールされている部分も相当残っています。
杉山氏は「認知症をよく理解するための9大法則・1原則」を提唱されています。
9大法則、その1 記憶障害に関する法則
認知症が進むと、直前の言動も忘れてしまうようです。
また、全体記憶の障害から、例えば食べた事全体を忘れてしまうのだそうです。
まだ、母の症状はそこまで進んでいません。
しかし、最近の記憶は確実に欠落してきました。
例えば、昨年、母が肺炎で入院したこと。
我々夫婦が2年半、遠距離介護をしたこと。
これらのことは、まったく覚えていません。
9大法則、その2 症状の出現頻度に関する法則
介護している家族や介護担当者に対して認知症の症状が強く出るようです。
一方、目上の人、あまり接していない人には軽く出るのだそうです。
確かに、かかりつけ医、ケアマネの前で、母は異様に愛想がよくなります。
「身近な人に強く出る症状、それは信頼されている証拠」
杉山氏はこのように言っています。
しかし、嫁に対して出てくる症状は、ちょっと違う気がします。
信頼とは別の意識が働いているとしか思えません。
9大法則、その3 自己有利の法則
母は、自分にとって不利なことは認めません。
単に母が勘違いしたことであっても、勘違いを認めません。
つまり、他人に厳しく、自分に甘く。
しかも、自分の都合が良いように忘れています。
母の場合は自己有利が自己中心になっています。
これを認知症の症状だと割り切って考えねばなりません。
母を非難しても仕方のないことなのです。
我々が感情的になってはいけないのです。
しかし、これが難しい、至難の技です。
9大法則、その4 感情残像の法則
母は、自分や他人の言動の記憶があまり残りません。
一方、感情の世界はしっかりと母に残っています。
母は抱いた感情を相当後まで持っています。
嫁に対する感情もずっと残っているように感じます。
「誉めます」「感謝します」「同情します」「共感します」
「事実でなくても謝ります、認めます」
これが母への対処指針だそうです。
しかし、母のように認知症の症状が軽い場合は難しい。
割り切った対処は至難の技です。
9大法則、その5 こだわりの法則
あることに集中すると、そこから抜け出せないのだそうです。
「そのまままにしておく」「関心を別のことに向ける」
「一手だけ先手を打つ」「長期間は続かないと割り切る」
これらが対応指針だそうです。
周囲はひたすら我慢ということでしょうか。
9大法則、その6 作用・反作用の法則
母に強く対応すると強い反発が返ってきます。
「押してダメなら引いてみな」が対応のコツだとか。
感情的に押すだけではだめなのでしょう。
妻の割り切れない思い
これまで、妻は私の両親のことを心から思ってくれていました。
母が肺炎で入院した時。
母の異常を察知して、かかりつけ医に診てくれと迫ったのは妻でした。
看護師からはキツイ文句を言われながらも。
遠距離介護のときも、今の息子による在宅介護のときも。
両親が喜びそうなお土産を探しては、実家に持って来ます。
妻は、がんばって明るく両親と接して来ました。
父はポツリと「ありがとう」「ご苦労様」「美味しい」を言います。
妻はこの一言で救われていました。
しかし、妻はもう、すっかり疲れてしまいました。
最期まで事務的に対応するとは言っています。
妻は、私の生活をサポートするために実家に来ます。
来れば、母の言動で嫌な思いをします。
でも、私のために来てくれます。
今後の我々夫婦の対応方策
現段階での、対応を考えました。
物理的な距離と感情的な距離を取ることが基本だと思います。
認知症の人が精神的に安定して生活するためには、周囲の怒りは厳禁。
認知症に対峙するには根気と笑顔が必要なのだと自分に言い聞かせます。
私は、母を認知症患者として割り切って対応します。
「母は認知症という病気だから、優しく接しなくては」
「病気、病気」
そう思っても、身勝手な母の言動が許せないときがあります。
だめです。感情的にならないようにしなくてはいけません。
時々、妻に対する母の言動が許せず、母に文句を言うときもあります。
何も言わない(言えない)父親にも、ある種の怒りを覚えます。
しかし、すでに両親は90歳前後。
このまま人生を過ごさせてやりたいと思います。
がんばります。
これを妻に求めるのは、まったくもって酷でしょう。
まずは、妻と母の距離をもう少し取ることにしました。
今まで2泊3日だった実家の滞在を、1泊2日にします。
妻は、必要最低限のことをして自宅に帰ります。
食事の準備、掃除、私の身の回りの整理など。
両親のことを考え、妻との生活を大事にする一手段。
息子介護の形態が取れてよかったと感じています。
終わりに
午後7時、「寝るよ」と言って、母が台所に来ました。
歩行は遅く、ヨタヨタと歩いています。
上のパジャマは後ろ前で、ボタンが背中側に。
下のパジャマはまだ手に持ったままで、紙パンツが見えます。
おもむろに椅子に腰かけて下のパジャマをはきました。
下のパジャマは裏表が反対。
下を向いた拍子に見えた頭は、だいぶ髪が薄くなっています。
「まあいいや、好きなようにしろよ」
私は、こうつぶやいてしまいます。
(2018年8月21日)
