親の終活

元同僚の訃報が届きました。
癌だったそうです。
明日は我が身、いつ何が起きてもおかしくありません。
「自分の終活を進めよう」
「いや、待てよ。その前に親の終活が先だ」

突然の癌宣告

会社による毎年の定期健康診断。
それに、バリウムを使った胃検診と便潜血の検査。
希望者には癌ドック、脳ドック。
多くの社員は皆一様に受けていました。
それでも、相当に進行した癌が見つかることもあります。

今回の元同僚がそうだったようです。
癌が発見されて、一年も経たないうちの逝去。
葬儀に参列したかったのですが、親を置いて遠出はできません。
別の元同僚に香典を託しました。

定年直後に胃癌が見つかった先輩がいます。
健康診断を所管する会社の部署に、だいぶ文句を言ったそうです。
「あっぱれ」
最近、癌検診での医師の見落としが報じられました。
文句を言った気持ちは十分に理解できます。

柳田邦男「新・がん50人の勇気」(文春文庫)を読みました。
父をある病院に連れて行ったときです。
待ち時間に院内の売店を散策して見つけました。
「病院の売店に置いておくような本かなあ」
いぶかりつつ、パラパラと立ち読みして、つい引き込まれて購入。
癌患者の生きざまが綴られていました。
名の知られた50人。
癌だと知り、死と向き合いながら、どのように過ごしたか。
中には告知されずに亡くなった方もいます。
待合室で読んでいると、前を通る人が癌患者に思えてきます。
いろいろな人の最期に立ち会った疑似体験になりました。
この本の出会いに感謝。

そういえば、定年後2年目の今年、健康診断を受けませんでした。
「来年は、申し込まねば」
還暦を過ぎると、いつ何があってもおかしくありません。
「そろそろ、自分も終活かな」
再雇用制度で働いていれば、こんなことは考えなかったでしょう。
息子介護をしている今、元同僚の死が何か身につまされます。
「妻に両親を残しては逝けないなあ」
いろいろと考えながら、はたと気が付きました。
「とりあえずの順番として、私よりも前に、先ずは親の終活だ」

親の終活

終活という考え方がない世代の両親です。
無理強いすることはできません。
「ほっておけば」「好きにしておけば」という意見もあるようです。
事実、親は終活とはまったく無縁の生き方をしてきました。
その親に面と向かって終活しろとは言えませんでした。
親に終活しろというのは残酷だという人もいます。

はっきり「終活だ」と言わなくてもいいのです。
終活を意識してサポートすれば。
ここ数年、両親は終活らしきことを受け入れてきました。

親の終活 断捨離

遠距離介護を始めた頃、実家は荒れていました。
特に、祖父母が暮らしていた部屋はほぼ物置部屋。
廊下にまで、いろいろな物があふれ出ていました。
足の踏み場もないとは、このこと。
さらに、床、壁、天井はホコリだらけ。

似たもの夫婦とはよく言ったもの、両親とも物を捨てることができません。
自家用車の無い長期の二人暮らしで、物を備蓄する習慣が身に付きました。
自由に買い物ができないので、ある意味、自衛手段だったのでしょう。
その結果、不用品(と思われる物)の山。
現代の消費社会の中では、必要以上に物がたまってしまうのです。

遠距離介護を始めたときから、徐々に整理整頓を始めました。
その頃に、在宅の息子介護を覚悟。
「おれはいったいどこに寝るんだ、どこで本が読める?」
この一言で、両親は廃棄をしぶしぶ承諾しました。
先ず、亡くなって久しい祖父母のタンス、衣類、本、食器、机、小道具。
私が祖父母と8年余り一緒に生活していたことが、整理に役立ちました。
それから、包装紙、ビニル袋、段ボール箱、ひも類、古いタオルやシーツ。
何回かに分けて、選別した後に処分を業者に依頼しました。
かなりの費用がかかりましが、それに見合う効果はありました。
目に見えてスッキリ。
整理前の状態を撮っておけばよかったと後悔しています。

この頃、母が自分の着物を処分すると言い始めました。
大きなタンス一つに沢山の着物類。
「あそこに着物があるなあ」とは思っていました。
実際に見るのは初めて、いずれも渋い着物ばかりです。
当然、妻も着ないと言います。
全部、着物専門のリサイクルショップに持ち込みました。
喪服は引き取れないとのこと。
その他の半分を渡して千円程度、「こんなものか・・・」。
後の半分は、古着のゴミ収集に出しました。
タンスも処分。

人形の処分には困りました。
捨てたはずの人形が机の上に!
こんなことは、絶対に避けなければなりません。
ホラー映画でかなり勉強しました。
祖父母が晩年を一緒に過ごしたコケシや人形。
帰省する孫のために、両親が買ったぬいぐるみ。
両親が旅行先で買ったコケシ。
これらを処分しなければ、断捨離になりません。
コケシ、五月人形、ぬいぐるみ等の引き取りがあるようです。
丁寧に紙で包み、感謝してから、ゴミに出してもいいようです。
現在、検討中・・・。

すごい物が出てきました。驚愕です。
私の小学校、中学校の教科書、図画工作の作品。
半世紀、三回の引っ越しを経て生き残りました。
断捨離が私に突き付けられたのです。
図画工作の作品は、じっくり鑑賞して過去の記憶に浸った後に廃棄。
ヤフオク等で、古い教科書が売られています。
父の所蔵書と合わせて、売却を検討中。

親の終活 写真

在宅の息子介護を始めてから、写真の整理をしました。
これについては、以前、詳細に紹介済みです。
祖父母、祖父母の両親と兄弟、その子孫の写真。
両親の幼少から現在に至る大量の写真。
両親の友達関係の写真。

私の分かるものは適当にアルバムに整理。
分からないものは両親に聞いて選別。
ただし、父は視力が大きく低下、母は認知症、当てになりません。
内容がはっきりしない写真は「その他」

この作業は、認知症の母にとって良い刺激になったようです。
今、ときどき取り出しては見ています。
しかし、父には遅すぎました。
視力がほとんど衰えてしまい、写真を見ることができません。
これには後悔しています。

半年間の作業で、大量のアルバムができあがりました。
三世代前の写真までありました。
しかし、このほとんどは両親が亡くなったら処分します。
先祖はこんな人だったとわかるように、数枚残して。

親の終活 延命治療、葬儀

我々夫婦は、延命治療を拒否する書面を作成しました。
本人が意思を伝えられない状態になったとき、この書面が役立つようです。
きっかけは忘れてしまいました。
ネットで書面のひな型をダウンロードして利用。
長距離介護をしているときの頃です。

これを、両親に話して、書面にサインしてもらいました。
本人の意思に反して、延命治療を主張するのは親や子供のようです。
そのため、自署とともに、子供、親の署名があるといいようです。

成り行きで、両親も延命治療を拒否する書面を作成しました。
つまり、我々夫婦と両親の4人が書面を作成したわけです。

その一年後、母が肺炎で入院したときに役立ちました。
入院当日、担当の医師から延命治療について、遠回しに聞かれたのです。
延命治療を拒否する書面があると伝えました。
その心配をよそに、母は一週間で退院。
先にも紹介したとおり、これにはいろいろと苦い思い出があります。

この延命治療について、両親と話をしていたときのことです。
父が自分の葬儀について、話し始めました。
私が水を向けたわけではありません。
ごく自然に父が語り始めまたのです。
身内のみで行ってほしいということで、連絡リストができました。
縁起でもないという顔で聞いている母に、私は言いました。
「お母さんもお父さんと同じ考え方でいいかい」
なんか、渋々承知。
もともと、このような事に、母は意見を言いません。

このとき、両親は葬儀会社に生前予約をしてあったのがわかりました。
両親ともに会員となっており、積立金もしてありました。
ちょっと、両親を見直しています。

親の終活 贈答、年賀状

「御中元、御歳暮のやりとのは、もう卒業しようよ」
私は提案しました。
単に贈答品をやり取りするだけで、日ごろのお付き合いはありません。

母もそれに賛同。
しかし、父は渋りました。
「俺の目の黒いうちは続けたい」
高齢になって社会との接点が減る中、この関係は続けたいようです。
それも分からなくもありません。
その時期になると、届くのを楽しみに待っています。
届いたときは、認知症の母に何とか電話させて御礼を言わせます。
必死で電話していますが、まだなんとかなります
これは父の目の黒いうちは続けるしかないでしょう。

年賀状は、父が視力低下で書けなくなって止めています。
去年、いただいたところには、私が代筆して返事を出しました。
私も、定年退職を機に、年賀状を考え直したいと思いました。
しかし、なかなか止められず、そのまま続けています。

親の終活 資産

両親の預金通帳、印鑑、株式、土地の権利証は把握できました。
徐々に進めてきました。

これが、両親の財産。
予想以上に少ないのに驚き。
今後の介護の費用についても、これを念頭に考えられます。
とっても介護付き有料老人ホームへの入所は無理。
なんとか公的支援を活用していくしかありません。

親の終活 実家の土地家屋、墓

お墓をどうするか、こればかりは両親に話を出せません。
両親は先祖代々のお墓に入るつもりでいます。
未来永劫、それが続いていくと思っています。

この実家の家屋と土地についても、話を出せないでいます。
両親は、私がずっとこの家に住むものと思っているようです。
しかし、妻が定期的に通ってくることをどう考えているのか。
矛盾しているとは感じないようです。

すでに私は覚悟を決めています。
両親には相談せずに、妻子には迷惑をかけず、自分の責任で実行します。

おわりに

この2年余り、親の終活サポートを進めてきました。
ゆっくりと徐々に。
これは、遠距離介護と、その後の在宅介護の恩恵です。
(2018年12月24日)

在宅介護

次の記事

母を怒鳴る