母を怒鳴る

母を怒鳴ることがあります。
認知症の母を怒鳴ってはいけないことは分かっています。
しかし、ついつい怒鳴っています。

最近の出来事

母が近所の家を訪問したいと言うのです。
私は、一人で行ってはいけないと言いました。
前回、帰りを心配して、その家の人が送って来てくれたのです。
「あれは勝手に付いて来ただけ」と言い張る母。
「この家を見たいと言っていた」
その挙句、
「私はよく考えて行動している」
「自分のことは自分がよく分かっている」
「私は誰にも迷惑をかけてはいないし、世話にもなっていない」

私は堪忍袋の緒が切れて、怒鳴ってしまいました。
「俺は、何の為にここに居ると思っているんだよ」
まあ、こんなことを母に言っても仕方の無いことなのですが。

最近の両親

父も母も、いろいろな失敗をします。
食事をこぼしたり、茶わんをひっくりかえしたり。
そういうことに、私はまったく気になりません。
母は自分の事を棚に上げて、父の失敗に大声を上げます。
まったく自分中心。

最近、父はパンツやトイレを便で汚すことが多くなりました。
そんなとき、父は自分のしたことに無反応。
私が片付けていることは、分かっているはずです。
「悪いな」でもなければ、「ありがとう」でもない。
自分の体面を保ちたいのでしょう。
「自分は悪くない、不可抗力だ」とでも言いたいようです。
まっ、これもしかたがありません。
自力でトイレに行くだけ、良しとしないと。

父は難聴なので、普段から大きな声で話しかけています。
怒鳴っているのと同じかもしれません。

息子介護に入る前の決意

以前、自宅近くの家族が、認知症の母親を引き取りました。
そして、その家から母親を怒鳴る声が聞えるようになったのです。

その頃、私は親の介護に突入する前でした。
あのように怒鳴ることは良くないと思ったものです。
とこが、いざ自分が介護を始めてみて気が付きました。
私も、時々、怒鳴っていることを。

自己分析

「我々夫婦がどんな思いで介護しているかを、両親共に分かっていない」
こんな思いを、始終、私は持っています。
これは、被害者意識になっているのかもしれません。
私の日頃の不満が、怒鳴ることにつながっているとは確かです。
以前にも紹介した嫁・姑問題。
妻には、「病気、病気と思って我慢してくれ」と言っています。
そう言いながら、私は自分自身にも言い聞かせています。

遠距離介護と在宅介護で3年近くになりました。
私は、もう、母と笑って話すようなことはないような気がします。
一方で、母はヘルパーさんと談笑しています。
たとえ愛想笑いでも、母の顔には笑顔があります。
そういった体験の方が、母にはいいのかもしれません。

息子だから、母に怒鳴れるのです。
これは、ある意味、息子としての立場を利用した言葉の暴力。
母は抵抗しない嫁をイジメるし、私は弱い母を怒鳴る。
弱い者に対して強い態度で立ち振る舞う、つまりはイジメの構造。

「怒鳴る」ことは、「手を出す」ことにつながるかもしれません。
息子介護では、親を虐待するリスクが高いと言われています。
気を付けないと。

おわりに

ここ数か月、他のサイト作成にかかりきりでした。
今回、このブログに戻ってきて思います。
文章にすることは、自分を客観的にみつめること。
理性をきちんと持ち続けたいと思います。
(2019年3月22日)

在宅介護

前の記事

親の終活
その他

次の記事

人形供養