在宅介護を始める前年、母の肺炎

母は気管支喘息の発作を月1回の頻度で起こしていました。
その都度、治療を受けて、なんとかやってきました。
ところが、思いもかけない出来事が発生。

母の体調異変

いつもの通り、2週間に1回の介護で実家に来ました。
寒くなってきた12月の初旬。
10時頃に到着すると、母はやや苦しそうな表情。
かかりつけ医のKクリニックに行こうと母に言いました。
案の定、行かないと言います。
「自分の身体は自分が一番よくわかっている」と母。
もう聞き飽きました、このフレーズ。
「最近、看護師さんが来たとき何にも言ってなかった」と母。

土曜日なので、Kクリニックの診察は午前中で終了。
咳はほとんど出ていないのですが、息苦しそうでした。
食欲がなく、昼食はほとんど手を付けず。
明日は日曜日・・・。
思い切って、Kクリニックに電話で相談。
「咳は出てないですよね。薬は飲んでいるんでしょ」
「クリニックでは大掃除を始めているんですよ」と看護師さん。
3日前に母を診ているので、引き気味な判断だったのでしょう。

そこを押しに押して、時間外の診察を受けることになりました。
こういうときには、家族の感覚を尊重すべきですね。
特に女性(妻)の感覚。

お医者さんの前では、元気に振る舞う母。
「食事を摂れていないようなので、病院で検査してもらいますか」
お医者さんに言われるまま、紹介状を手にその足で病院へ。

母の肺炎と入院

病院での診断は肺炎、即日の入院。
お医者さんから、延命治療に関する考え方を聞かれました。
遠まわしにですが・・・。
さすがに緊張するものがありました。

誰でも、この歳で肺炎になると、最悪の結果が頭をよぎります。
なんと、入院2日目、母は出された朝飯を完食。
母はケロッとして、いたって楽観的。
これもよかったのかもしれません。
早期に対応してもらったのが幸いしたのでしょうか。
しかし、・・・。

入院中、私と妻は毎日、父は2日おきに見舞いに行きました。
入院してから5日目。
「さっき来たお父さんと私とはどんな関係かと思って」と母。
「えっ・・・」、怖くて、会話を続けられませんでした。
母は淡々と話していましたが、表情はなんだかはっきりしません。
日時の感覚が非常に不安定でした。
認知症が進んだのか?
お医者さんに相談しようとしましたが、その日は都合が付きませんでした。

帰宅後、父に母の様子を話して、相談しました。
「もしかしたら、自宅での生活が難しくなるかもしれない」
「施設の利用も頭に置いておこう」
父はそれを真っ向から拒否。
「お前が仕事を辞めて来ればいいじゃないか」
「なにが一番大切なのかをよく考えてみろ」と父。
我々夫婦はしばし唖然・・・。
なんか情けないような複雑な感情が湧き出てきました。
まあ、老人と議論してもしかたがありませんが・・・。

翌日、病院で関係者が集まり、退院後の対応が協議されました。
医師、看護師、医療ソーシャルワーカー、ケアマネージャー、私。

定期的な服薬、毎回の食事の用意、これは母には無理であろうとの判断。
母は要介護2か3になるだろうとの予測。
次のような対応をすることになりました。
1 ヘルパーさんと看護師さんの訪問は、月~金曜日まで毎日。
2 昼食は、町が行っている配食サービスを利用
3 夕食は、生協の宅配弁当を利用
4 土曜日と日曜日の服薬・食事・入浴は我々夫婦が担当
5 吸入ステロイド薬を1日1回、吸入

薬の処方が変わり、1日3回が1日1回で済むようになりました。
このような対応があったとは。
非常に助かりました。
早くこのように変更できなかったのかと、不満も湧いてきました。
吸入ステロイド薬は、これまで中途半端に使っていました。
これをヘルパーさんの訪問時に吸入して、しっかり確認することに。

母の退院前に、町の役場と生協に連絡しました。
数日のうちに、昼の配食・夕食の宅配の契約を完了。

肺炎からの復帰

入院7日目に、母は退院。
その日から寝られない日が続きました。
トイレはきちんと使えるか、徘徊しないか、元の生活に戻れるか。
退院して4日が経過。
母はぼんやりしている感じでしたが、問題行動はありません。
最初の夜は、ベッド脇の簡易トイレを使いました。
これは嫌だといって、2晩目からは家のトイレで。
食事も三食きちんと完食。
なんとかなりそう。
ひとまず、我々は自宅に帰って、3日後の土曜日に来ることにしました。

実家に来てから11日が経っていました。
その間、2度にわたって会社に連絡し、有給休暇を延長。
介護休暇制度もありましたが、有給休暇が沢山残っていました。
定年退職の年ということもあってか、会社の対応は良好。
実は、年度初めに、両親の状況を上司に説明してありました。
なんと、上司も似たような境遇だったのです。
上司の理解を得ておいたおかげで、今回の対応ができました。

おわりに

母の肺炎を契機として、片道5時間、毎週の遠距離介護になりました。
この時から5か月間、夫婦で1回も欠かさずに通いました。
(2018年3月7日)