介護の合間に白内障の手術
数年前から白内障と言われていました。
定年退職後、息子介護を始めて1年余り。
両親の介護は、まだ付きっ切りで行う程ではありません。
「手術を受けるならば、余裕がある今だなあ」
この判断、正解でもあり、不正解でもありました。
網膜剥離の手術
数年前、網膜剥離になりました。
ある日突然、右目が飛蚊症になったのです。
飛蚊症といえば、小さな点のようなものが視野に現れる症状。
加齢とともに、だれにでも起こる症状です。
ところが、毛糸のような螺旋状の大きなものが多数現れました。
さらに、段々と右目の視界全体が白っぽくなってきました。
両目でなんとか運転して、夕方、眼科クリニックに駆け込みました。
なんと、夕方では十分に時間が取れないという理由で翌日に再診。
この対応は今でも信じられません。
「濁っている原因がわからないなあ」
「念のため、大学病院で診てもらうかい?」と医師。
次の日、大学病院に飛んでいきました。
検査の結果は網膜剥離。
翌日に入院、数日後に硝子体手術を受けることになりました。
目の中にガスを注入するという、聞いただけでもゾッとする手術。
手術後は、昼夜を問わず、うつ伏せで過ごすという過酷な治療です。
これで、剥がれた網膜が元に戻ってくっつくのだとか。
ところが、手術の前日、目の濁りが薄くなってきました。
土壇場で、硝子体手術からレーザー手術に変更。
目玉にガスを注入されないで済みました。「ほッ」。
さっそく、その日のうちにレーザー手術。
レーザー照射で、剥がれ始めた網膜を焼き付けるのだそうです。
目の奥に鈍く重い痛みを感じる程度で、ほどなく終了。
予定よりずっと早い退院になったので、同室の人から羨ましがられました。
網膜剥離で、失明する可能性もあったのです。
眼科クリニックの医者の対応はなんてのんびりしていたことか。
その後、半年ごとに目の定期検査を受けてきました。
不本意ですが、この眼科クリニックで。
実はこのときに、大学病院で白内障であるとも言われました。
そのため、硝子体手術と同時に、白内障も手術する予定だったのです。
白内障は手つかずで、退院になりました。
白内障の手術を受けようと決断
網膜剥離のレーザー手術から数年後。
定年退職後、実家に来て息子介護が始まりました。
目の定期検査は、実家近くの眼科に変更。
白内障の手術は、私の気持ち次第で何時でもできると言われました。
息子介護を始めてから1年余で、やや余裕も出てきたところです。
この先、両親の状態は徐々に悪くなるでしょう。
手術を受けるのは今しかないと決心しました。
この判断は、ほぼ正解。
しかし、大誤算もありました。
それについては、もうちょっと後で。
白内障の手術当日
両目の白内障の手術は、片目ずつ時期をずらせて2回行います。
濁った水晶体を取り除き、人工の水晶体(人工レンズ)を入れる手術。
レーザー手術を受けた右目から始めることになりました。
手術3日前から、感染予防のために点眼を開始。
いよいよ始まるという緊張が高まってきます。
手術当日は、バスで通院。
手術室にベッドが3台並べてありました。
そこに、それぞれ1人ずつ患者が寝かされました。
私は2番目。
時間差で、目の洗浄、点眼による麻酔などが順番に行われていきます。
「俺のレンズと別の人のレンズを間違えないだろうか」
心配になってきました。
1番目の人の手術が始まりました。様子が音で伝わってきます。
緊張が高まったところで、私の番。
手術中、丁寧な対応で始終リラックスしていられました。
さすが、プロの仕事でした。
ちょっと重たい痛みがあっただけです。
眼帯を付けて終了、手術時間は15分くらい。
手術後、10分もたたないうちに、手を引かれて手術室を出ました。
会計に連れて行かれ、支払いを済ませて「はい、お疲れ様でした」。
普通は家族の付き添いがあるのですが、私にはありません。
独りでタクシーの乗り合い所まで歩いて、ほどなく帰宅。
実家で横になっていると、突然の携帯電話。
眼科クリニックの看護師が、状態を尋ねてきました。
「多少、ゴロゴロしたような違和感がありますが大丈夫です」
こんな風に答えて、なんかほっとしました。
白内障の手術翌日
眼帯をしているので、バスで通院。
早々に眼帯がはずされました。
恐る恐る手術をした目だけで、周囲をキョロキョロ。
なんと、手元がクッキリ、スッキリ、すばらしい。
私は、近い所にピントが合う人工レンズを選択しました。
白内障の手術を初めて受けた患者が集まって説明を受けました。
5組9名。つまり私だけ付き添いなし。
医師が、手術の動画を見せながら説明。
分かりやすく、自分が受けた手術がよく理解でしました。
白内障という、いわば完治できる病気だからでしょう。
皆さん、なごやかな雰囲気です。
昔に比べて、メスで切る部分が格段に小さくなったそうです。
その小さな切り口から丸まった人工レンズを挿入。
なんと、目の中でレンズが広がりました。
ホント医療の進歩はすばらしい。
雑談の中で、加齢黄斑変性が話題になりました。
父の病気です。
原因の一つは、目に多量の紫外線を入れたことにあるようです。
「そうか、父の趣味は畑仕事、おまけに大の帽子嫌い」
納得できました。
母は「帽子をかぶれ、かぶれ」といつも言っていました。
母は偉い。父は愚かだけど、可哀そう。
今、私はサングラスをよく使うようになりました。
帽子も極力かぶります。ハゲ頭も隠せます。
日本眼科学会のホームページで次のような説明が出ています。
「白内障の手術後、約1週間はお酒を控えてください」
ところが、ここの医師は「飲酒はOK。今日は、祝杯をどうぞ」。
私は、こちらの言葉に従いました。
2回目の手術
1週間後、左目の手術。
2回目なので、気持ちにも余裕ができるはずです。
ところが、そうではありませんでした。
1回目の手術の経験もあり、ビデオで手術の内容を見ています。
ところが、「あれはいやだなあ」という気持ちが湧いてきました。
分かっているからこその気持ちなのでしょうか。
1回目と同じ医師によって同じように手術が行われました。
しかし、手術中、落ち着かない気持ちだったのです。
ともあれ、2回目も無事終わりました。
要した日数
日帰り手術でも、時間はかなり拘束されます。
片目を手術して、1週間後にもう片方の手術になります。
ぞれぞれ、手術、その翌日と3日後の診察。
この2週間に6回の通院が必要でした。
この他に、手術前の診察。
手術後2週間後、1か月後、2か月後、3か月後の診察。
また、3か月後まで毎日、点眼をします。
会社勤めだった場合、この時間的拘束は厳しいものがあります。
私のように、リタイア後で、時間的余裕があれば楽です。
要した費用、ここで大誤算
2回の手術で1か月間に要した費用は123,040円でした。
私の場合は特別で、レーザー手術代約30,000円を含みます。
網膜剥離の対応で、今回も追加のレーザー手術を受けました。
この他に、薬局で薬代1,810円を支払いました。
1か月に支払う医療費の限度額が法律で定められています。
つまり、1か月の限度額を超えた分は、支払わなくても済むのです。
この限度額は、年齢と所得に応じて異なります。
この所得というのは、「前年の所得」。
前年、私は3月末日で退職しました。
したがって、前年の所得は1~3月の給与のみ、限度額は57,600円。
123,040 – 57,600 = 65,440
123,040円のうち65,440円は支払わなくてもいいと思っていました。
ところが、悲しいことに違ったのです。
私が手術を受けたのは6月。
1~7月の場合は、「前々年の所得」だったのです。
私の前々年は、現役最後の年で、生涯で最も高い所得だったでしょう。
なんとなんと、123,040円、まったく軽減されませんでした。
8月以降に手術を受けていれば、前年の所得が適用されたのに・・・。
2か月違いで、目論見は完全に外れました。
さらに、来年8月以降に手術した場合、今年の所得が適用されます。
今年の所得はゼロなので、限度額は35,400円にまで下がったはず。
知らなかった私の落ち度ですが、ちょっと割り切れない悲しい気持ち。
なお、この制度の療養費は月単位で計算されます。
2回の手術が、月をまたがないようにすることもポイントです。
おわりに
白内障の手術を受けてほぼ1か月。
両目の調子はきわめて良好です。
手術後の説明で、医師は次のように話していました。
「白内障の手術を渋って先延ばしにするのは損」
「早く手術した方がいい」
まさにその通りだと思います。
(2018年6月20日)
